母さんの野望
 
 お母さんが、1人で旅に出る。

 なんか、穏やかじゃないなぁ。

 家族の名誉の為に言っておくと、普段の生活に不満があったわけではありまセン。家族旅行のときは、子ども達優先で目的地を選び、夫に相談しながら手配するけれど、自分の行きたい所に自分のペースでのんびり旅行してみたいなぁ、と思っただけ。考えてみれば、生まれてこの方、一人旅ってしたことないし。

 問題は、家族の許可・・・というよりズバリ夫の許可がもらえるかどうか。私がいない間、3人の息子達の世話や家事を、誰がやるかといったら彼ですから。子どもは上から9歳、5歳、2歳。まだまだ手のかかる年齢です。

 普段夫が友達から誘われれば、ゴルフでも麻雀でも「行っておいで〜」と快く送り出しているので、反対に私が旅行に行かせてくれと頼んでも、きっとダメとは言わないと思うけれど、一応自分が遊びに行くたびに「行ってもいい?」と遠慮がちに聞く夫の、弱みにつけこんでいるようで何だか気がひけるというのもありました。

 それに、夫と子どもを置いて一人旅、なんて妻はどこを見回してもいやしません。あんな小さい子達がいるのに我が侭な母親、という陰口が聞こえてくるようです。父親が自分だけ遊びに行っても世間の目はそれほど厳しくないというのに、母親が同じ事をすると、なぜか家庭をないがしろにしているような印象を与えるんだよなぁ。やっぱり子どもがもっと大きくなるまで我慢しなくちゃいけないのかなぁ。

 そんなことを思った何日か後、ゴルフから帰ってきた夫が肩にかけたゴルフバッグを下ろしながら言いました。

 「いつもオレばっかり遊びに行っててごめんね。今度、きーちゃんも遊びに行っていいからね」

 夫は事務職なのですが、現在所属している職場は、他の部署の者からも季節労働課と呼ばれるほど仕事量に波があります。繁忙期には、それこそ土日もなく働き、平日は毎日のように残業。休日勤務は原則として手当では支給されず半強制的に代休を選択させられるけれど、休む暇がないから休日にも出勤するのであって、代休をとるくらいなら最初から土日に休んでいます。だからその時期の代休はたまっていく一方。その反面、約半年に及ぶ過酷な時期が過ぎてしまえば、もちろん仕事がなくなるわけではないけれども、通常通り週休2日に戻ったうえ、それまでにためた代休を比較的とりやすくなるのです。そんなわけで、繁忙期以外の時期の夫は、ときどき平日に休んではゴルフに出かけることがあるのでした。

 ゴルフに行く日は、夫は早朝から家を出て、帰るのは早くても夕食どき、夕食も仲間と一緒にという話になれば、子ども達が眠る頃まで帰ってきません。当然、毎日二人で手分けして行っている朝の準備―――洗濯物を干したり朝ごはんを用意して子ども達に食べさせたり、2歳の息子の身支度をしたり―――は出勤前に私ひとりでやらなくてはならず、仕事から帰ったあとも、保育園へのお迎え、長男の宿題の催促や翌日の保育園の準備、夕食の支度、連絡帳の記入などを、夫の手を借りずにしなければなりません。夫の帰りが遅ければ、さらに長男と次男に入浴させながら食事の後片付けをし、そのあと三男をお風呂に入れ、9時ごろまでに寝かせるという仕事もあります。上の2人がそれなりに手伝ってくれるとはいえ、結構多忙です。まあ夫の繁忙期の間もそれと大して変わらない毎日だったりしますが。

 私もたまには遊びに行っておいでよ、というのも口先だけではなさそうでした(と私は勝手に解釈することにしました)。

 「・・・・・・・・・・・ほんとっ!?」

 思わずすっとんきょうな声をあげてしまいます。夫は私がそんなに勢いよくこの話に飛びついてくると思っていなかったらしく、ちょっと驚いたような(後悔したような??)顔をしていましたが、うん、と頷いてくれました。

 「じゃあ、一人旅してきてもいい!?」
 「えぇ!?一人で?」
 「そう。一人で」

 (しばし、間)

 「・・・迷っても迎えに行けないけど、ちゃんと帰って来られるなら別にいいよ」

 かくして、不良母さんの初めての一人旅が実現することになったのでした。

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